都会にいた頃、ずっと「選ばれる側」でいようとしていた。
企画を通す、仕事をもらう、評価される,,,
そのために動くことが、働くということの“中心”にあった。
でも、地方都市である豊岡(兵庫県)で働くようになって気づいたことがある。地方での仕事の多くは、むしろ“選ぶ側”の姿勢が問われるということだ。
もちろん、選り好みをしていいとか、偉そうに振る舞うという意味ではない。
もっと日常的な、静かで本質的な感覚
「自分は誰と働きたいのか」
「どんな仕事に時間を使いたいのか」
「何に責任を持ちたいのか」
その問いを、自分で選び取る必要が出てくるのだ。
みなさん、こんにちは。ブランディングカンパニーMaydoの森下です。僕の記事を初めて見ていただいた方は、ぜひ自己紹介ページもご覧になってください!
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目次
- ■ 都会では「選ばれるため」が前提だった
- ■ 豊岡に来て、初めて“選ぶ側”の感覚に触れた
- ■ 選ぶ人は、同時に「選ばれる理由」をつくっていく
- ■ 選ぶために必要なのは、結局“目の前の誠意”
- ■ 選ばれるためじゃなく、“選ぶため”に働ける日々
■ 都会では「選ばれるため」が前提だった
都会にいた頃の働き方は、分かりやすい競争の中にあった。
たくさんの人がいて、たくさんの会社があって、
たくさんのプロジェクトが動いている。
そのなかで、仕事を受け取るには、
- スキルを磨く
- 実績を積む
- プレゼンスを上げる
- 評価されるように動く
という“選ばれる努力”がどうしても必要だった。
これはこれで健全で、刺激があって、鍛えられる経験だったと思う。
でも、人が多く、選択肢が多い世界では、
どうしても「選ばれるための自分」を演じる時間が長くなる。
知らないうちに、自分の動機よりも外からの基準を優先してしまう。
そんな息苦しさを、どこかで感じていた。
■ 豊岡に来て、初めて“選ぶ側”の感覚に触れた
地方に移って驚いたのは、
「仕事を選べるようになる」という変化だった。
それは、都会のように案件が溢れているからではなく、
逆に、仕事の数が限定されているからこそ起きる現象だった。
「誰が、何のために、どんな背景で動いているのか」
が都会よりも圧倒的に見えやすい。
だからこそ、仕事の一つひとつに、
“関係性”と“意味” が乗る。
そのプロジェクトは、地域にどんな影響を与えるのか。
その人の想いはどこから来ているのか。
自分が関わることで、どんな未来につながるのか。
こうしたことが、東京にいた頃よりも鮮明に立ち上がってくる。
そして、気づけば僕は
「どんな仕事なら本気で向き合えるのか」
「どんな人となら一緒に戦えるのか」
を、自分で“選ぶ”ようになっていた。
■ 選ぶ人は、同時に「選ばれる理由」をつくっていく
面白いのは、
“選ぶ側”になると、自然と“選ばれる側”にもなるということ。
仕事を選ぶという行為は、
自分の軸をはっきりさせるということでもある。
- どんな価値観を大事にしているのか
- どこに時間を使うのか
- 何をやりたくて、何を断るのか
これらが明確になると、周りから見た自分の輪郭がはっきりする。
結果、依頼の質が変わる。
紹介の質も変わる。
関わる人の温度も変わる。
豊岡でも、都市部での仕事でも、
ここ数年で強く実感していることだ。
主体性は、人を引き寄せる。
姿勢は、信頼をつくる。
選ぶという行為は、本質的には「本気を見せること」なのだと思う。
■ 選ぶために必要なのは、結局“目の前の誠意”
では、どうすれば選べるようになるのか。
それは、派手なことをする必要はなくて、
結局は当たり前のことを、誠実に続けるしかない。
- 誠意のあるスピードで動く
- 手を抜かずに丁寧にやる
- 相手の温度に合わせて向き合う
- 関係性を大切にする
- 小さくても結果を出す
地方は特に、こうした「当たり前の積み重ね」が
仕事の未来を左右する。
都会のように流動性が高くないからこそ、
誠意と実行が、そのまま評判になる。
だから、選ぶためには
まず“選ばれるに足る自分”であることが必要だ。
矛盾しているようで、これはひとつの真理だと思う。
■ 選ばれるためじゃなく、“選ぶため”に働ける日々
地方都市である兵庫県豊岡市に来て5年。
気づけば、自分は都会にいた頃よりもずっと自由に働いている。
それは、自由な時間が増えたからではなく、
自分で“選ぶ力”が育ったからだ。
仕事は、誰かに与えられるものではなく、
自分が選び、つくり、育てていくもの。
そう気づけただけでも、地方に来た価値は大きい。
あなたは今、
“選ばれるため”に働いていますか?
それとも、
“選ぶため”に働いていますか?
どちらも正解だけれど、
その違いに気づいておくことは、働き方を大きく変えると思う。


