• Maydo Journal #013

    Maydo Journal #013

    「地方で仕事をする“自由”と“責任”について。」

    地方都市、豊岡で働いていて感じる、自由と責任の“重なり合うポイント”。誰かに縛られないからこそ、自分で決める力が問われる

    ——その実感を書いてみました。

    みなさん、こんにちは。ブランディングカンパニーMaydoの森下です。僕の記事を初めて見ていただいた方は、ぜひ自己紹介ページもご覧になってください!

    https://note.com/embed/notes/n44dd574f49ba

    地方で働くようになって、一番よく聞かれる質問がある。
    「地方のほうが自由ですか?」というものだ。

    たしかに、自由だと思う。
    時間の使い方も、働き方も、人との距離感も。
    “都会の基準”から少し離れるだけで、呼吸が深くなる瞬間がある。

    でも同時に、自由と同じくらい——いや、それ以上に“責任”がのしかかる。そのバランスが、この数年でようやく腑に落ちてきた。

    目次

    1. 地方では「誰かがやるだろう」が通用しない。
    2. 必要なのは、完璧さよりも「誠意の速度」。
    3. やりたくて選んだ「自由」か。やらなくて済むための「自由」か。
    4. 自由と責任は、背中合わせじゃなく、重なり合っている。
    5. 自由に働くことは、覚悟を持つことでもある。

    地方では「誰かがやるだろう」が通用しない。

    都会にいた頃、気づかないうちに
    「誰かがやってくれるだろう」という感覚に甘えていた。
    役割分担が細かく、専門性が分断され、
    自分の“線引き”が自然とできてしまう環境。

    でも豊岡では、その境界線は驚くほど薄い。
    小さな街だからこそ、
    “やる人がいなければ、物事は動かない”という現実がある。

    だから、自由と同時に「自分がやらなければ」という責任が生まれる。
    自由だから楽、というわけじゃない。
    むしろ、自由だからこそ逃げられない。


    必要なのは、完璧さよりも「誠意の速度」。

    地方で仕事をしていると、
    結果の前に“姿勢”を見られることが多い気がする。

    どれだけ立派なスキルを持っていても、
    どれだけ良い企画を書いても、
    その街の人たちと同じ地平で、同じ温度で向き合えるかどうか。

    特に感じるのは、誠意の速度だ。

    早くやるかどうかではなく、
    「どれだけ心を込めてすぐ動くか」という質の早さ。
    レスの一つ、現場への顔出し一つで、信頼は驚くほど変わる。

    都会での“効率”とは違う、
    地方の“速度感”がそこにはある。


    やりたくて選んだ「自由」か。やらなくて済むための「自由」か。

    自由の使い方には、大きな差がある。

    • やりたいことを形にするための自由
    • 責任から距離を置くための自由

    同じ「自由」という言葉でも、その意味は大きく違う。

    地方で仕事をしていると、
    後者の自由はすぐに見透かされる。
    小さなコミュニティでは、誤魔化しがきかない。
    誰が本気で、誰が逃げているか。
    その違いが、驚くほどはっきりと現れる。

    だからこそ、前者の自由をどう使うかが問われる。
    “自分の意思で選び、自分の意思で決める”という自由の使い方だ。


    自由と責任は、背中合わせじゃなく、重なり合っている。

    豊岡に来てみて気づいたのは、
    自由と責任は別々に存在しているわけではないということ。

    責任があるからこそ、自由が活きる。
    自由があるからこそ、責任が生まれる。
    それは背中合わせではなく、むしろ重なり合っていて、
    その重なる部分が、人の“らしさ”になる。

    地方で働く面白さは、たぶんその“重なり”の部分にある。

    誰かに決められた仕事ではなく、
    自分で選び、動き、形にしていく。
    そのプロセスの中で、自分の仕事の軸が育っていく。


    自由に働くことは、覚悟を持つことでもある。

    自由な働き方を望む人は多いけれど、
    自由には覚悟が必要だと思う。

    やるべきことを自分で決める。
    誰に頼られたいのかを自分で選ぶ。
    そして、自分が動かなければ何も変わらないという現実を背負う。

    その覚悟のある自由は、心地よい。
    地方で働く今、日々そのことを感じている。

    自由と責任。
    どちらかではなく、どちらも持って生きていくこと。
    そのバランスが、人の仕事を美しくする。

    あなたにとって、“自由に働く”とはどんなことですか?

  • Maydo Journal #012

    Maydo Journal #012

    “あいだ”で働くということ。

    「あなたは、どこで働いていますか?」

    そう問われると、少し答えに迷う。
    会社か、地域か、自宅か、オンラインか。
    もはやそのどれもが「働く場所」であり、同時に「働く方法」でもある時代だと思う。

    僕は今、兵庫県の豊岡という地方都市を拠点にしている。
    けれど仕事の多くは、東京や大阪、海外の人ともつながっている。
    Zoomで企画を練り、現地では地元企業のブランドづくりを支援する。
    この距離の“あいだ”にこそ、いまの自分の働き方の意味がある気がしている。

    みなさん、こんにちは。ブランディングカンパニーMaydoの森下です。僕の記事を初めて見ていただいた方は、ぜひ自己紹介ページもご覧になってください!

    https://note.com/embed/notes/n44dd574f49ba

    目次

    1. ローカルでも、スローではない。
    2. “あいだ”をデザインするという仕事。
    3. どちらにも属さず、どちらも大切にする。
    4. “あいだ”にこそ、新しい働き方がある。

    ローカルでも、スローではない。

    地方で働くというと、「ゆっくりとした暮らし」「穏やかな時間」といったイメージが先に浮かぶかもしれない。
    でも、実際のところ、スピードはむしろ速い。
    少人数で回す現場、限られたリソース、同時に複数の役割を担う日々。
    “決める力”も“動く速さ”も、都市より問われる。

    ただ、東京にいた頃のような「結果を急ぐ速さ」とは違う。
    豊岡で感じているのは、「仕掛かりが早い」という感覚だ。
    誰かが言う前に動く。
    誰かが気づく前に種をまく。
    その小さなスピードが、あとから大きな波をつくっていく。

    「速さ」よりも「早さ」。
    それが地方で働く上で大事なリズムだと思っている。
    よく言われる「ぶん投げられる」感じをなくすには、先回りすることが重要。準備する早さと量が信頼を勝ち得ていく。


    “あいだ”をデザインするという仕事。

    僕の会社Maydoの仕事は、ブランドの「意味」を再構築すること。
    そのプロセスはいつも、異なる価値観の“あいだ”に立つところから始まる。

    企業の理想と、現場のリアル。
    経営者の想いと、顧客の感情。
    美しさと、使いやすさ。
    ローカルと、グローバル。

    その境界線を行き来しながら、両方の言葉を翻訳していく。
    ブランディングとは、つまり“あいだ”をデザインする仕事なのかもしれない。

    たとえば、豊岡の職人さんたちと東京のクリエイターが一緒にプロジェクトをする時、文化もスピードも違う。
    でも、そこに“共通の意味”を見いだせたとき、想像以上のものが生まれる。
    異なるリズムを重ね合わせるようにして、ひとつのメロディが流れ始める瞬間がある。


    どちらにも属さず、どちらも大切にする。

    「あいだで働く」とは、どちらか一方を選ばないということ。
    都会にいても、地方にいても、
    組織にいても、個人として動いていても、
    どちらも尊重しながら、自分のスタンスを持つこと。

    僕は、地方の仕事をしながらも、都会のスピードを忘れたくないと思っている。
    一方で、都会の価値観だけでは届かない“人の温度”を、豊岡で学んでいる。
    その“間”に身を置くからこそ、見えてくるものがある。
    たとえば、「仕事とは、誰かの役に立つこと」ではなく、
    「誰かの意味に気づかせること」かもしれない、ということ。


    “あいだ”にこそ、新しい働き方がある。

    これからの時代、どこで働くかよりも、どんな“間”に身を置くかが大事になっていくと思う。
    境界をなぞるように働きながら、そこに新しい形を見つけていく。
    それは決して曖昧なことではなく、むしろ自分の輪郭を確かめる作業でもある。

    「あいだ」にいるということは、迷いながらも選び続けること。
    “間”に立つことでしか見えない景色がある。
    その景色を、豊岡から少しずつ言葉にしていきたい。

    あなたにとっての、“あいだ”とはどんな場所ですか?